大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)76号 判決

東京都中央区銀座八丁目四番一七号

上告人

株式会社 リクルート

右代表者代表取締役

位田尚隆

右訴訟代理人弁護士

末吉亙

三好豊

緒方延泰

同弁理士

瀬戸昭夫

成合清

東京都新宿区歌舞伎町二丁目三八番五号 岡野ビル四階

被上告人

坂口裕康

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第六八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年一二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人末吉亙、同三好豊、同緒方延泰、同瀬戸昭夫、同成合清の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成九年(行ツ)第七六号 上告人 株式会社リクルート)

上告代理人末吉亙、同三好豊、同緒方延泰、同瀬戸昭夫、同成合清の上告理由

一 原審判決の理由について

原審判決は、その理由として、「・・・絵はがきの「取引者、需要者は、甲第3号証及び甲第4号証の表面に表示されている「〈C〉1990Ato Z」の文字は、裏面に印刷されている写真の著作権者を表したもの・・・と認識し把握する」とした審決の判断は正当である」(一八頁一ないし五行)としながら、「・・・絵はがきの商品価値が専ら裏面の絵あるいは写真の価値に依拠することは明らかであって、絵はがきの取引者、需要者は、専らその裏面に注目して絵はがきの商品としての価値を決定し選択することは自明の事実であるから、その際に、表面の微細な印刷文字に考慮を払うことはほとんどないと考えざるをえない。そうすると、取引者、需要者が絵はがきを商品として購入するかどうかの選択をする場合、裏面の絵あるいは写真の余白に付されている文字は、取引者、需要者にその商品の出所を表示するものと認識され得るというべきである。したがって、甲第3号証の絵はがきの裏面に印刷されている写真の下部右側余白に表示されている「Ato Z」という標章・・・は、同絵はがきの表面の最下方に小さく表されている「〈C〉1990Ato Z」という表示とは無関係に、絵はがきの製造者・販売者などの名称を示しているものとして、自他商品の識別力を有すると認めることは十分に可能というべきである。」(一八頁九ないし一八行)とし、さらに、「のみならず、そもそも商品に付された1つの標章が、商品流通の過程において常に1つの機能しか果たしえないと考えるべき理由はないから、商品が著作物の複製物であり、かつ、著作者の名称がそのまま商標とされている場合に、商品に付された1つの標章が、著作物の著作者を示すと同時に、商品の製造者・販売者等を示す商標の使用でもあると解することは、何ら背理といえない。したがって、甲第3号証の絵はがきの裏面に表示されている「Ato Z」という標章が、同面に印刷されている写真の著作権者の名称と一致するとしても、その標章が、同時に、自他商品を識別させるために付されている商標でもあると解することには、何らの妨げもないと考えるのが相当である。」(一九頁七ないし一八行)としている。

しかし、右原審判決の理由には、法令違背ないし判決の理由不備または理由齟齬がある。

二 「絵はがきの商品価値が専ら裏面の絵あるいは写真の価値に依拠することは明らかであって、絵はがきの取引者、需要者は、専らその裏面に注目して絵はがきの商品としての価値を決定し選択することは自明の事実であるから、その際に、表面の微細な印刷文字に考慮を払うことはほとんどないと考えざるをえない。」との判断について

1 まず、原審判決は、「絵はがきの商品価値が専ら裏面の絵あるいは写真の価値に依拠することは明らか」とする。しかし、この「絵はがきの商品価値が専ら裏面の絵あるいは写真の価値に依拠する」との事実は、「明らか」ではない。したがって、本来、右事実は証拠に基づき認定すべき事実であるにもかかわらず、証拠に基づかない事実認定をしているものである。しかも、この判断は、経験則にも反する。絵はがきの商品価値は、その利用形態に鑑みれば、その表面にも存するというべきである。絵はがきは、本来、その表面に住所、宛名等を記載し、切手を貼付し、私信として郵送するものであって、絵はがきの商品価値は、その表面の紙質、体裁等にも存するからである。

2 また、原審判決は、「絵はがきの取引者、需要者は、専らその裏面に注目して絵はがきの商品としての価値を決定し選択することは自明の事実」とするが、このような自明の事実はない。したがって、本来、右事実は証拠に基づき認定すべき事実であるにもかかわらず、証拠に基づかない事実認定をしているものである。しかも、この判断は、経験則にも反する。上記のとおりの絵はがきの利用形態に鑑みれば、絵はがきの取引者・需要者は、その表面にも注目して、絵はがきの商品としての価値を決定し選択する、というべきである。

3 さらに、原審判決は、「絵はがきの取引者、需要者は、・・・表面の微細な印刷文字に考慮を払うことはほとんどないと考えざるをえない。」とするが、このような自明の事実はない。したがって、本来、右事実は証拠に基づき認定すべき事実であるにもかかわらず、証拠に基づかない事実認定をしているものである。しかも、この判断は、経験則にも反する。上記のとおりの絵はがきの利用形態に鑑みれば、絵はがきの取引者・需要者は、裏面のみならず、表面にも考慮を払うというべきである。加えて、絵はがきの販売者名は、絵はがきの表面に記載されているものが多数存在するというのが経験則であるというべきであり、したがって、絵はがきの取引者・需要者は、絵はがきの出所等を確認するため、これを手に取り、その表面をも観察することは日常よはく行われていることであるから、絵はがきの取引者・需要者は、絵はがきの表面にも考慮を払うというというべきである。

4 ちなみに、東京高裁平成二年七月二六日判決(判例工業所有権法(第二期版)一五巻八四九一の八四頁)においては、「・・・容器に収納された食品を購入するに際しては、需要者は当該商品の成分や製造日それに商品の出所等を確認するため、これを手に取り、容器の裏面をも観察することは日常よく行われていることである」とされているのであって、絵はがきにおいても、右判決の事例と何ら異なるところはない。

5 以上のとおり、原審判決の右判断には、証拠に基づかない事実認定ないし著しい経験則違背がある。

三 「商品が著作物の複製物であり、かつ、著作者の名称がそのまま商標とされている場合に、商品に付された1つの標章が、著作物の著作者を示すと同時に、商品の製造者・販売者等を示す商標の使用でもあると解することは、何ら背理といえない。」との判断について

1 まず、不使用取消審判に係る審決取消訴訟である高島象山事件(東京高裁平成二年三月二七日判決・無体集二二巻一号二三三頁)においては、「商標法上商標の本質的機能は、商品の出所を明らかにすることにより、需要者に自己の商品と他の商品との品質等の違いを認識させること、すなわち自他商品識別機能にあると解するのが相当であるから、商標の使用といい得るためには、当該商標の具体的な使用方法や表示の態様からみて、それが出所を表示し自他商品を識別するために使用されていることが客観的に認められることが必要である。また、商標法上商標が付される商品とは、流通の対象となる有体物そのものを指し、商品としての「書籍」についていえば、これを出版し販売することを業とする者がその出所の主体であり、かかる業務主体は、その使用に係る商標を介して、例えば、製本の堅牢さ、印刷の美しさ・正確さ、装丁の美しさ等につき自己の出所に係る商品である書籍の品質の良さを需要者に訴え、記憶にとどめさせることにより、自他商品の識別機能の発揮を期待するのである。」とする。

原審判決は、「・・・絵はがきの「取引者、需要者は、甲第3号証及び甲第4号証の表面に表示されている〈C〉1990 A to Z」の文字は、裏面に印刷されている写真の著作権者を表したもの・・・と認識し把握する」と判断したうえで、「甲第3号証の絵はがきの裏面に印刷されている写真の下部右側余白に表示されている「A to Z」という標章」(絵はがきに係る著作物の複製物に付された表示)が著作者の表示であるとの事実を前提として、特段の当該商標の具体的な使用方法や表示の態様を認定することなく、商品の製造者・販売者等を示す商標の使用でもある、としている。しかし、著作者の表示たる標章は、それが出所を表示し自他商品を識別するために使用されていることが客観的に認められるような特段の使用方法や表示態様でない限り、商標の使用とはいえない。このような表示は、有体物である「絵はがき」を販売する業務主体の識別機能を発揮すべき商標の本来の機能を果たし得ないというべきである。

2 また、商標法五〇条の規定する登録商標の使用とは、商標的使用でなければならないと解すべきである。すなわち、当該商標が単に形式的に商品等に表示されているというだけでは足りず、それが自他商品の識別機能を果たす態様で使用されていること(商標的使用)を要すると解すべきである。この商標的使用に関する裁判例としては、ポパイ・アンダーシャツ事件(子供用アンダーシャツに、胸部のほとんど全面にわたり大きく彩色してポパイの絵等を使用した行為につき、客観的にみても自他識別機能及び品質保証機能を有せず、主観的意図からしても商品の出所を表示する目的をもって表示されたものでないとした(大阪地裁昭和五一年二月二四日判決・無体集八巻一号一〇二頁))、テレビマンガ事件(カルタに付した「テレビマンガ」の標章について、特定のテレビ漫画映画を基にして作られ、表されたキャラクター等が同映画に由来することを表示するにすぎず、自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で使用されているとは認められないとした(東京地裁昭和五五年七月一一日判決・無体集一二巻二号三〇四頁、控訴審判決は、東京高裁昭和五六年三月二五日判決・無体集一三二巻一号三三三頁))、通行手形事件(歴史上実際に用いられたものを模したものであることを表現・説明しているものとした(東京地裁昭和六二年八月二八日判決・無体集一九巻二号二七七頁))などがある。また、これに関連して、使用態様等に着目して商標権の侵害を否定した事例としては、巨峰事件(内容物たる巨峰ぶどうを表示したもので包装用容器についての標章の使用でないとした(福岡地裁飯塚支部昭和四六年九月一七日判決・無体集三巻二号三一七頁))、おもちやの国事件(単に百貨店の店舗内においてがん具の売り場を案内、指示するためにのみ用いられているとした(東京地裁昭和四八年一月一七日判決・判例タイムズ二九一号二五二頁、控訴審判決は、東京高裁昭和四八年七月三一日判決・無体集五巻二号二五〇頁))、アイメガネジャパン事件(店舗の名称を示しているとした(浦和地裁平成三年一月二八日判決・判例時報一三九四号一四四頁))などがある。

これと同様の観点から、書籍の題号について商標権の侵害を否定する裁判例がある。たとえば、POS事件(書籍の内容を示すものとした(東京地裁昭和六三年九月一六日判決・無体集二〇巻三号四四四頁))では、自他識別機能を有しない態様で商標が使用されているとして商標権侵害を否定している。なお、CDのアルバムタイトルにつき、アンダーザサン事件(東京地裁平成七年二月二二日判決・知的裁集二七巻一号一〇九頁)では、商標法二六条一項二号に該当しない商標についても、出所表示機能、自他商品識別機能を有しない態様で使用されていると認められる商標については、登録商標の本質的機能は何ら妨げられておらず、商標権の侵害にならない、としている。

以上によれば、本件において、商品に付された1つの標章が著作物の著作者を示しているところ、当該標章が、同時に、商品の製造者・販売者等を示す商標の使用でもある、と直ちに解することはできない。ここで著作者とは絵はがきの裏面の絵あるいは写真の著作者をいい、絵はがきにおいて商品とは有体物たる絵はがきそのものであるところ、右著作者の表示が、同時に、絵はがきの出所表示機能、自他商品識別機能を有する態様で使用されているというためには、その旨の記載が付記されている等特段の事情がなければならず、このような特段の事情のない本件では、商標的使用と著作者の表示とは両立しないからである。

3 以上のとおり、原審判決の右判断には、商標法五〇条の解釈適用を誤る法令違背がある。

四 以上のとおりであって、右原審判決の理由には、法令違背ないし判決の理由不備または理由齟齬がある。

以上

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